草露白——くさのつゆ、しろし。九月七日からは白露 [1] 。暦の秋は、露とともに深まっていきます。
露は、雨とちがって、降ってきません。夜のあいだに空気が冷えて、含みきれなくなった水分が、草の葉にそっと現れる。降るのではなく、生まれる水です。
そして露には、条件があります。よく晴れて、風のない、静かな夜。雲があれば冷えきらず、風があれば水は結べない。騒がしい夜に、露は降りないのです。
子どものころ、朝の通学路で靴の先が濡れたのを覚えている方も多いはずです。あれは、前の晩が静かだったという、草からの報告でした。
「昨日はよく眠れました」と言う日の患者さんの顔は、露の降りた朝の草に、少し似ています。表面がしっとりして、光をよく返す。肌は正直で、夜の静けさの量が、朝の艶に出ます。
体の中でも、夜ごと、露に似たことが起きているのだと思います。昼のあいだに熱くなったものが、静かな夜に冷めていき、要るものが結ばれ、要らないものが手放される。それは雨のように、外から降ってはこない。静けさという条件がそろった夜に、内側から、生まれる。
だから、眠りを深くしたい夜にわたしたちがしていることは、つまるところ、露の条件づくりに似ています。部屋を暗くする。音を減らす。頭の風を、しずめる。晴れて、風のない夜を、体の中につくる。
露の白さは、朝にしか見えません。夜のあいだにいい仕事があったかどうかは、いつも翌朝わかる。今夜の静けさは、明日の朝、草の上とあなたの顔に、同じように光ります。


