綿柎開——わたのはなしべ、ひらく。処暑 [1] の初候です。柎は、実を包む萼のこと。畑では綿の実がはじけて、中から白いわたが顔をのぞかせる頃です。
綿は、夏に花を咲かせたあと、固い実の中で何十日もかけてふくらみます。外からは何も起きていないように見える、閉じた殻の中で、あの柔らかさが育つ。開いたときには、もうふわふわです。
ふとん、まくら、タオルケット。わたしたちが夜を預けている柔らかさは、もとをたどれば、この候の畑にあります。毎晩くるまっているものが季節の名前になった植物だと思うと、寝支度が少しだけ違って見えます。
施術をしていると、体にも似たことが起きているのを感じます。よく眠れている方の筋肉は、押し返してくるのに、どこか余白がある。ふっくらと、含みがある。固いか柔らかいかの違いというより、育っているか、いないかの違いに近いのです。
眠りを削った週の体は、その逆です。押すと、薄い。張ってはいるのに、中身のふくらみが足りない。硬さと強さは、別のものなのだと、手のひらが教えてくれます。
柔らかさは、開けっぱなしの場所では育たないのかもしれません。殻の中で、閉じている時間のぶんだけ、ふくらむ。人にとってのその殻が、眠りです。目を閉じて、外の用事を締め出して、誰にも見えないところで、明日のしなやかさを仕込む。
今夜もわたしたちは、殻の中で育ったものにくるまって、自分の殻の時間に入っていきます。おやすみなさい、という挨拶は、考えてみれば「これからふくらみます」という宣言でもあるのです。


