【めぐりの手帖】大雨時行——ためた熱は、降らせてしまう

鍼灸師の養生コラム

大雨時行——たいう、ときどきふる。八月のはじまりに、暦はこんな名前を置きました。七十二候、夏のいちばん終わりの候です。

入道雲が昼のうちにむくむくと育って、夕方、急に降る。この時季の雨は長雨ではなく、その場その時かぎりの雨です。「夕立は馬の背を分ける」ということわざがあります。馬の背中の右半分だけが濡れて、左半分は乾いたまま。それくらい、狭いところに一気に降る。

午後の施術中、窓の外がふっと暗くなることがあります。蝉の声が、申し合わせたように止む。うつ伏せの患者さんが「降りますね」と言い、わたしが「降りますね」と返す。それだけの会話。

やがて屋根を叩く音がはじまると、背中の力が少しゆるむのが、手のひらから伝わってきます。雨音には、人を黙らせて、ほどく力があるようです。

空は、昼のあいだにためこんだ熱を、夕立というかたちで一気に手放します。降ったあとの風は、うそみたいに軽い。

人の体も、似たようなことをします。こもった熱は、汗になって出ていく。張りつめたものは、涙や、深いため息で抜けていく。ためて、ためて、どこかで一度、降らせる。空が毎年律儀にそうしているのだから、人がときどき崩れるように休むのも、たぶん、おかしなことではないのです。

今週、帰り道で降られることがあったら。わたしは雨宿りの数分を、空の深呼吸につきあう時間だと思うことにしています。軒先で立ち止まるための口実が、季節にひとつ増えたと思えば、夕立もそう悪いものではありません。

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