天地始粛——てんち、はじめてさむし。処暑 [1] の次候です。粛の字には、静まる、ひきしまる、という意味があります。天の暑さも、地にこもった熱も、ここでようやく矛を収めはじめる。八月の、いちばん終わりの候です。
この時季、施術室では決まって増える言葉があります。「夏の疲れが、いま出てきました」。不思議な言い回しです。疲れをためたのは夏のさなかなのに、出てくるのは、涼しくなってから。
体は、張りつめているあいだ、弱音を後回しにします。暑さという非常時が続くうちは、だるさの請求書を引き出しにしまっておく。そして涼しい風が吹いて、もう大丈夫だと分かった途端、たまった分をまとめて回してくる。ゆるんだから疲れたのではなく、ゆるんでやっと、疲れを名乗り出られたのです。
だから、いま体が重い人は、夏をちゃんと戦い抜いた人です。請求書が届くのは、支払い能力があると見込まれた相手だけ——体は案外、律儀な取引先です。
九月に入ってからの、理由のわからない眠さ。あれはたぶん、督促状です。督促が来ているうちに払ってしまえば、話は簡単です。
粛は、衰えの字ではありません。静まり、ひきしまり、整う。楽団がふっと音量を落とすときの、あの集中に近い。季節は勢いの止め方を知っていて、体にも、同じ段取りがちゃんと備わっています。
夜が少しずつ長くなっていくのも、支払いの時間を増やしてくれる、季節の計らいかもしれません。届いた請求書は、踏み倒さずに払いましょう。通貨は、眠りです。九月の体は、その支払いの先にあります。


